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アニメ歴史シアター全3巻
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商品の特徴
解説収録内容
第1巻
第2巻
第3巻
年表
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小学〜
小学理科の塔
小学算数ドリル大臣
中学〜
アニメ中学理科
指導用中学理科
中学英単チャンプジム
中学〜高校
ガリレオタウン
ニュートンユニバース
情報科サブノート
大学〜
倉本充子のVOAシリーズ
解説収録項目
アニメ歴史シアター第3巻の収録内容をご紹介いたします。
第20節 開国から大政奉還まで
17世紀に市民革命を成功させ18世紀後半から産業革命で力をつけたヨーロッパ各国やアメリカなどの国は「列強」と呼ばれるようになっていった。そして列強各国はさらなる富を求めて植民地獲得に一層力を入れていく。このような理由で始まった列強各国の植民地獲得作戦。ターゲットに選ばれたのはアジアだった。もちろん日本も例外ではない。ヨーロッパの魔の手はこの国にも伸びてきていたのであった。
幕府が弱くなるまで
〜日本の開国〜
攘夷論者の動き
〜公武合体運動と尊皇攘夷〜
倒幕の動きと大政奉還
〜江戸幕府の最期〜
新政府樹立と旧幕府軍との戦い
〜天皇を中心とした新政権〜
関連年表
1853
アメリカペリー、艦隊を率いて浦賀に来航
1854
ペリー再び来航、日米和親条約を結ぶ
1858
日米修好通商条約調印
1858
井伊直弼、攘夷論者を大勢処刑(安政の大獄)
1860
井伊直弼、暗殺される(桜田門外の変)
1864
第1回長州征伐
1867
徳川慶喜、大政奉還
1867
王政復古の大号令
1868
坂本竜馬の斡旋により、薩長連合
1868
明治改元(一世一元の制)
第21節 大陸への野心
明治維新以降、欧米各国との積極的な外交をすすめていく日本だったが、アジアの弱小国という印象はあいかわらずであった。各国との不平等な条約の改正、国防上での軍事力強化などは新政府の課題であり列強と対等な関係を築くことが急がれていた。急激な政治改革は民衆に混乱と不満を呼ぶが国中を不況の嵐が襲ったこのとき日本はいったいどんな行動に出たのだろうか・・・
挑戦への進出
〜“一等国”を目指す日本〜
北からへの脅威
〜日英同盟と宿敵“ロシア”〜
日露戦争と大陸進出
〜“強い”日本を目指して〜
関連年表
1873
征韓論争おきる
1875
江華島事件
1885
日清両国で天津条約結ばれる
1894
日清戦争
1894
三国干渉
1895
下関条約
1900
北清事変
1900
日英同盟
1904
日露戦争
1910
韓国の併合
第22節 民衆による政治活動から軍部の独走へ
明治維新以降、日本では欧米の文化や思想を積極的に取り入れることによりそれまでの封建制度から民主主義の世の中に変わっていこうとしていた。民権運動の活発化と議会の発足は民衆の意見を政治に反映するはずであったが、日本は富国強兵・帝国主義の路線をひた走っていく・・・。なぜ政府は軍部の独走を許してしまったのだろうか・・・
自由民権運動のおこり
〜藩閥政治からの脱皮〜
帝国議会の開催
〜民権運動の開花〜
憲法発布と富国強兵
〜帝国主義への道〜
統帥権と軍国主義
〜力を付けた軍部〜
関連年表
1871
廃藩置県
1873
徴兵令、地租改正令を実施
1877
西南戦争
1881
板垣退助を総裁に、自由党が結成される
1881
国会開設の勅諭
1886
ノルマントン号事件おきる
1889
大日本帝国憲法発布
1921
ワシントン海軍軍縮条約の調印
1936
二・二六事件おきる
1938
国家総動員法が成立する
第23節 欧米との対立と太平洋戦争
日清・日露戦争などの勝利によって世界の一等国と認められた日本ではあったが“持たざる国”であることには変わりなかった。期せずして世界を襲った不況の嵐はその日本をも巻き込み、猛威を振るう。効果的な対策も見つからないまま、植民地獲得に活路を開いた。日本の運命はいかに・・・
中国への進出
〜不景気の波と芽生える野望〜
関東軍の暗躍と孤立した日本
〜軍部の独走から満州国の成立へ〜
日中全面戦争
〜“終わりなき戦い”の始まり〜
南方進出と経済封鎖
〜小資源国の憂鬱〜
日米開戦
〜軍部と政府による最後の決断〜
関連年表
1911
辛亥革命
1915
日本、中国に対し対華21ヶ条の要求を出す
1926
関東軍により、張作霖が爆殺される
1930
ロンドン海軍軍縮条約調印(統帥権干犯問題)
1931
満州事変おきる
1933
日本、国際連盟脱退
1937
盧溝橋事件おきる
1941
日ソ中立条約に調印
1941
日本軍、仏印進駐
1941
太平洋戦争の勃発
第24節 第一次世界大戦と大戦後の影響
ヨーロッパ列強の植民地政策により世界中で国境の分割が進んでいき、19世紀までに残されたのはアフリカ、東アジアのみであった。国々は植民地を巡って争い、国際情勢は悪化するばかりであった。また産業革命は鉱物資源の豊富な国を経済的に成長させることになり、そのような力を付けた国々を列強と呼ぶようになった。
列強の勢力争い
〜植民地政策とバルカン問題〜
国際協調の精神
〜ベルサイユ条約から国際連盟の設立〜
関連年表
1882
ドイツ、オーストリア、イタリアの三国同盟が成立する
1891
ロシア、フランス同盟の成立
1904
イギリス、フランス協商の成立
1907
イギリス、ロシア協商の成立(三国協商の完成)
1908
ボスニア・ヘルツェゴビナ併合
1912
第一次バルカン戦争
1914
サラエボ事件が起こり第一次世界大戦勃発する
1918
ドイツ革命が起こり、第一次世界大戦が終結する
1919
パリ講和会議が開かれドイツがベルサイユ条約に調印する
1920
国際同盟成立
第25節 世界大恐慌とは
第一次世界大戦後、世界の経済バランスは大きく変化していた。大戦中連合国側として勝ったイギリス、フランスでは戦争に勝利したものの激しい戦闘によって国内はボロボロになっていた。一方大戦に敗北した国々では戦いの傷跡はさらに大きくその上戦勝国から賠償を迫られ特にドイツでは巨額の賠償金を支払うことになり経済状況は悪化するばかりであった。
世界各国の経済事情
〜持てる国と持たざる国の経済〜
経済流通の仕組み
〜需要と供給のバランスと価格の変動〜
世界大恐慌の発生
〜暗黒の木曜日から世界経済への影響〜
経済復興への対策
〜世界各国の対策から軍備拡張政策へ〜
関連年表
1929
ウォール街の株価大暴落、世界経済恐慌開始
1929
アメリカからヤング案が出される
1931
ヨーロッパ金融恐慌が起きる
1931
フーバー=モラトリアムが行われる
1931
イギリスの金本位体制が停止
1932
ローザンヌ賠償協定
1932
イギリス連邦がオタワ会議を開く
1933
アメリカでニューディール政策が開始
1935
ドイツ、再軍備を宣言
1938
アメリカ海軍拡張法成立
第26節 社会主義国家の成立と冷たい戦争
世界の国々が次々と「資本主義」の道を歩んでいく中で遅くまで帝政を保っていたロシア帝国は社会主義の思想を持つ労働者によって倒されてしまう。労働者の思想を実現するべくロシアの後に建てられた「ソビエト社会主義共和国連邦」。社会主義を国家思想として持つ国が諸外国に与えた影響とは一体何なのであろうか
社会主義思想の広まり
〜資本主義から社会主義〜
第一次世界大戦とロシア帝国の崩壊
〜ソビエト社会主義共和国連邦の誕生〜
広まる社会主義・資本主義との対立
〜東西の冷戦〜
ソビエトの解体
〜冷戦の終結〜
関連年表
1861
農奴解放令(ロシア)
1904
日露戦争がはじまる
1905
「血の日曜日事件」をきっかけに、ロシアで革命が起きる
1917
ロシア3月革命(2月革命)
1922
ソビエト社会主義共和国連邦成立
1949
北大西洋条約機構(NATO)が成立
1955
東欧8か国友好相互援助条約(ワルシャワ条約)調印
1987
アメリカとソ連が中距離核戦力をすべて廃止する条約に調印する
1990
東西ベルリン統一
1991
ソビエト連邦解体
第27節 第二次世界大戦
第一次世界大戦後結ばれたベルサイユ条約は戦争に勝利した大国に有利となるような条約であった。敗戦国は領地、軍事力に制限を受け多額の賠償金を支払うことになった。また勝利した国の中でも立場の弱い国では思うように領地を獲得できずこれらの国は戦後の復興に苦しむことになった。
ベルサイユ条約と世界恐慌
〜国力の荒廃による過激な政党の結成〜
ベルサイユ体制の崩壊
〜ナチスの軍備拡張と外交政策〜
第二時世界大戦の終結
〜ソ連の底力とヒトラーの誤算〜
関連年表
1922
イタリアでファシズム政権樹立
1932
ドイツ総選挙でナチスが第一党となる
1933
ナチス政権成立、ドイツ国際連盟脱退
1936
ドイツ、ラインラント進駐
1938
ミュンヘン会議
1939
独ソ不可侵条約
1939
ドイツ軍ポーランド侵攻、第二次世界大戦勃発
1941
独ソ戦開始
1943
イタリア降伏
1945
ドイツ無条件降伏し、第二次世界大戦が終結
特別編:原爆投下〜トルーマンの決断〜
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